駿河屋会・するがや祇園下里


駿河屋会・するがや祇園下里

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駿河屋会・するがや祇園下里

寛政2年(1461年)創業の歴史を誇る京菓子店「総本家駿河屋」。徳川宣公が駿河に移住した時には、御菓子司として召使えました。「するがや祗園下里」は、その本家より文政元年(1818)にのれん分けした由緒正しいお店です。家筋に代々伝わる煉羊羹や生菓子の技を受け継ぎ、さらに京都という日本有数の歴史を持つ町で、技術と発想に磨きをかけ、今も京の風流人に愛され続けています。 そして、当店で生まれた飴菓子は、まさに歴史が生んだ大人の飴菓子。「和菓子屋の飴」という当店の心意気を感じていただければ幸いでございます。
 駿河屋会・するがや祇園下里
 
 駿河屋会・するがや祇園下里  駿河屋会・するがや祇園下里

二代目・治助はとても個性的な人物でした。明治27年に屋号を「祗園駿河屋」から「するがや祗園下里」と変更し、大きく「豆平糖」と書かれた屋根看板を掲げました。駿河屋からののれん分けは京都に8軒ほどありますが、平仮名書きは当店だけです。 さらに治助は、物資不足だったはずの日露戦争中に、後の当店の看板商品となる「大つつ」を生み出しました。モチーフはなんと大砲。当時から変わらないパッケージの掛け紙にもしっかりと大砲が描かれ、その上には平和の象徴である真っ白なハトが羽を広げています。そこには治助の平和への思いが込められていました。
 
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当店の秘伝の蜜や黒糖を原料とする飴は、土地柄のせいか、舞妓さんをはじめ南座に出演する役者さんや舞方さんなど、いわゆる玄人筋の方々にもご好評いただいております。特に”大つつ”は故藤山寛美さんの大好物。いつも楽屋には欠かさず置いていただきました。娘の直美さんにも懐かしい甘さについてエッセイにお書きいただきました。
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素材の配合や製法は口伝により今に受け継がれ、季節や少しの天候の変化でも味が微妙に変わってしまうため、熟練の職人が長年の勘で
蜜の煮詰め具合や配合を塩梅を調整しています。
機械を使えば一定の品質を保つことは簡単です。しかし、品質も重要ですが、それよりも変わらない味とともに手作りの温もりまで一緒に
お届けできればと考えています。

   

 所在地: 〒605-0085 京都市東山区祗園末吉町80
電話: 075-561-1960  FAX:075-561-4860